僕の父と母は仲がとても良い、らしい。
いつも言われるけど、今日も一緒に散歩していたキサや、
広場近くの本屋前で鉢合わせたリオやガーネットにもまた言われたから、一般的にはきっとそうなんだろう。
僕としては「君たちが言うなよ」と言いたくなるし、
まだ六年間しか人生経験のない僕からしてみれば
周りには両親より仲の良い(俗っぽい言い方をすればラブラブな)
家族しかいないから、仲が良いと思う平均値も上がってしまっているのでよく分からない、と言ったところだ。
そう伝えると、リオは「オレより年下なのに小難しいこと言ってんなぁ」と言われ、
その隣でガーネットが「義理の弟の方が頭良いとか、アステリオスの心折れちゃう」と笑い始めて、
僕としては何を言ってるんだか訳がわからないまま、
梅雨時期なのにカラッと晴れた空の下で
「ただちょっと早く出てきただけだろ!」「素直にならないのが悪いでしょ!」と、双子の取っ組み合いが始まった。
まあいつものことなので放っておき、毎度慌てるキサの手を引いて離れた場所へ退避させる。
ちょっと前までは閉じられた瞳から涙を零して必死に双子を止めようと腕をバタバタ動かしていたのだが、
今では僕の手と双子の方向とを交互に見て……と言うか、音に耳を傾けていると言うべきか。
そんな心配そうなアクションはするが、慣れては来ているのか涙をこぼす事は無くなった。
アニィもよく泣いたりするけれど、キサの涙はなんと言うか心を抉ってくる。
僕が悪い訳じゃないのに謝りたくなるような、そんな罪悪感がこみ上げてくるのが不思議でならない。
ともかく、泣く事が少なくなったのは良い事だ、と、
十歩ほど離れた通行の邪魔にならないところで「ここでストップ」の意味を込めて
繋いだキサの手を三回握り、キサの足を止めさせる。
以前までは口頭で「ストップ」や「そこ段差」を伝えていたけれど、
弥生さん宅で読みやすい本をキサと一緒に読んでいる時に弥生さんが薦めてくれた
盲目聾者の偉人の本の中に『手のひらに物体を触らせ、その言葉を書いて理解させる』という方法があるとの記述を見て、
いつも手を繋いでるんだからこれに似たサインを作った方がキサにも良いかなと思ったのがきっかけだった。
ちなみに一回握ると上りの段差、二回握ると下りの段差、三回握るとストップ、というサインだ。
「あの二人も仲が良いよね」
キサが、お互いの頬を抓りあってる双子を見つめて微笑ましげに呟く。
果たしてキサにはあの双子がどんな風に見えているんだろうか。
リオがガーネットの両頬を抓っているから、影形だけみたら一体感はあるのかも知れない。
「確かにあれはあれで……腐れ縁とか、そう言う仲の良さはあるけど」
「ちょっと羨ましいかな」
「あれがぁ?」
「お姉ちゃん達はわたしに掴みかかったりしないから」
「そりゃそうだろう。しいて言うなら文月が抱きついてくるぐらいか?」
「うん。だから少しだけリオ君とガーネットちゃんみたいなヤンチャ? な事してみたい……かな?」
「……今のガーネット、リオにコブラツイストかけてるけどな」
「コ、コブラ?」
「あー……多分知らなくていい知識だ」
今度教える、と言おうか迷ったが、そもそもこれを言葉で説明するのは難しいし、
そうなると僕がキサにこの技をかける事になる。
それはダメだ。だからこの話題はここで終了。
ちょうどよく双子の方もガーネットという勝者が決まったようだし。
「ごめんごめん、リオが意地はるもんだからつい」
「僕達に謝るより、その引きずってるリオ本人に謝った方がいいと思う」
「リオ君、だいじょうぶ?」
十歩ほどの距離をリオを首根っこを持って引きずってやってくるガーネットの姿が、
お父さんから聞いたグレイさんとアネットさんの結婚前の昔話と重なる。
あれは、確かアネットさんの作った野菜炒め(仮)が爆発した事件だったっけ。
爆発した野菜炒め(仮)を見てグレイさんが逃げて、
せっかく作った料理を食べずにどっかに行くとは何事だと街を舞台にした鬼ごっこの後、
その日の夕方にアネットさんに引きずられて帰ってきたグレイさんは
晩御飯にその料理(仮)を食べて数日寝込んだらしい。
議長夫妻がなにしてるんだよ、とお父さんが笑い、お母さんはため息をついていた。
僕はその話を聞いて、天真爛漫な女性の恐ろしさと、強く出れない男性の不憫さと、
二人の仲の良さをしみじみと感じたものだ。
「……やっぱり、ギルバート夫妻の方が僕のお父さんとお母さんより仲が良いと思う」
「え、どしたの、なんか遠い目して」
「今のレインの目、母さんの料理を前にした父さんの目に似てたな」
「あー、似てた似てた」
首根っこを持つガーネットの手を払いのけ、流石の回復力で復活したリオが
服についた土を払いながら立ち上がり僕の目をまじまじと見つめる。
その後、何かに気づいたように「あ」と呟き、ガーネットに至っては「げっ」と低い声を吐き出した。
おい、レディという年齢じゃないにしても女の子だろ。
「ガーネット、人の顔見て『げっ』てなんだよ」
「ち、違う違う。顔見てじゃなくて、リオのセリフで思い出したというか」
ね? な? と双子が顔を見合わせる。
うん、確かに仲が良い気がしてきた。
「思い出したって、何を?」
隣の、手を繋いだままだったキサがふんわりと疑問を投げると、
ガーネットが僕達の繋いだ手を見て少しニヤリと笑った。
その後、キサの質問で『げっ』と言った原因を思い出したのかまたゲンナリとして苦笑いに変わる。
「ほら、今日って父の日じゃん」
「うん。僕はスピカとアニィとで手紙書いてるからそれを渡すつもり」
「わたしも……おとうさんの肩叩きするつもり。リオ君とガーネットちゃん、用意してないの?」
「いやいや、オレたちも用意はしてる。問題はな……」
どよんとため息をつく双子につられたのか、今までカラッとしていた空がなんだか曇ってきた。
広場の噴水側で石畳の上を啄ばんでいた鳥が巣へと飛んでいく。
雨が降る前に如月を家に送らないと。
スピカもお腹空いたとか言って朝方出て行ってたけど、雨が降りそうなら帰ってくるだろうし、
その後にみんな揃ってお父さんに手紙を渡そうかな。
とか色々今後の予定を脳内で立てていたから、ギルバート家の本日の事件を、双子に言われるまで思いつかなかった。
「父の日だから、母さんが張り切って料理しちゃうんだよ」
『……あー……』
僕とキサが、他のコメントができずにただ声を漏らすと、ガーネットとリオが遠い目をする。
そしてポツポツと降り始める雨。
「が、がんばって」
キサが、繋いだ僕の手ごとガッツポーズをとった。
割と無責任だけど、それ以外のかける言葉がない。
ごめん、二人とも。
雨が降りそうだから、と、背後に重たい空気を背負ったまま二人は家に帰って行った。
僕もキサを送らななければと、ぽつぽつと降り出した雨に当たらないように屋根が出ている部分を歩く。
まだ石畳が滑るほどじゃないが、傘もないこの状況だ。なるべく早く家に着きたいけど走るわけにもいかない。
「リオ君とガーネットちゃん、だいじょうぶかな?」
手を繋いでいるけれど少し後方のキサが不安そうに呟く。
「その二人はまだ無事だろうが、グレイさんについては……天に祈るしかないな」
「そうだね、家に帰ったらお祈りしておこうかな」
両手を合わせてお祈りするキサが脳内に浮かんだ。
……なんだか合掌しているように思えて、余計にグレイさんがアレな感じになってしまう。
「でも本当にグレイさんとアネットさんは仲がいいよな」
「スレインさんとモニカさんも仲いいよ?」
「それを言うならヒューイさんと弥生さんもだろ」
「うん。とっても仲良し」
楽しげに、自慢げに、キサが笑う気配がした。
そうやって素直に認めれるところはすごいと思う。
僕はお父さんとお母さんが仲がいいとか、ラブラブだとか言われるとどうしても恥ずかしいが勝ってしまうから。
スピカやアニィは素直にそれを認めるから、女性の何かしらがあるんだろうか。
キサは(年下だけど)ともかくとして、スピカとアニィを『女性』として括るのもなんかモヤっとする。
「おかあさんは、今日のプレゼントにするって前に何か買ってたし、その時に家にモニカさんも来たよ。色々相談してた」
「お母さんが? そう言えば、父の日のプレゼントで悩んでたっけ」
お父さんがサプライズ好きというか、プレゼント好きと言うか、僕たちにもなんだけど『似合うと思ったら買ってくる』人だから、お母さんは昔からかなりの量のプレゼントを受け取っている。
お返しを求めてないタイプだとお父さんが自分で言っていたけれど、受け取った側としてみればお返しには凝りたいものだ。
前に「父の日のプレゼントに何をあげたことがあるの?」と聞いたら「万年筆とか、本とか、靴とか……」と記憶を遡って教えてくれたけど、途中で照れたように止まってしまって、ちょっと咳払いをした後にお父さんの背中を叩きに行っていた。
結局、それがなんかよく分からないまま。今年はお母さん、何のプレゼントを選んだんだろう。
「あ、弥生さんはプレゼント何選んだんだ?」
「よく分からなかったけど、丸くて、香りの……なにか、とか言ってた。風と光とで部屋が星に……とか」
不明瞭な部分が多いのは、その物を見たとしてもシルエットだけだからちゃんと理解できないからだろう。
如月の説明と、町で聞いたことがある話を合わせると、ビクトルさんが作った機械じゃないだろうか。
この町は昔の異変の時でも野菜や果物が採れていたぐらいだから農作物の生産率と質も高く、レストランも多い。
お父さんたちが言うには、流通に従って家の内装や家具、設備も昔とは段違いに良くなっているんだそうだ。
だからシャンデリアとかランプだとか、その手の間接照明のような機械の依頼がビクトルさんにあったようで、一時期研究所がすごく光っていてまぁまぁ迷惑だった、らしい。
確か、その完成したものが『部屋に好きな香りを満たし、暗くした部屋に星空を映し出す』という、店のイベントに一役買うような代物だったはずだ。
ヒューイさんがその手の物を好きなイメージはないけど、気障なイメージはあるからそういうムードが出せそうなものは貰うと嬉しいのかもしれない。
……いや、どちらかと言えば弥生さんがヒューイさんと一緒に見たい可能性もある。
もちろん、家族全員でってのもあるだろうけど。
何て考えているとキサの家に着いてしまった。
入口の上りの段差があるため繋いだ手を一回握り、ドアの前で三回握る。
チャイムを押すと、雨が降り出したために迎えに行こうとしていたのか、すぐに弥生さんが傘を持って現れた。
「あら、レイン君? 如月のこと送ってくれたの? ありがとうね」
「いえ。家の方向が一緒なので」
いつも通りの会話だ。家の方向が一緒なのも嘘ではない。
少し遠回りにはなるけど、僕がキサを送りたいからそうしているだけだし。
「ただいま、おかあさん。レイン君、ありがとう」
そう言ってキサが繋いでいた手を一度両手で包んだ後、手を放す。
だけど、キサは僕が段差とストップのサインを教えて以来、家の前で手を放す時には絶対に1・4・3のリズムで手を握ってくる。
たぶんキサなりの何らかのサインだと思うんだけど、意味は聞いても教えてくれない。
家の中は、ゆっくりではあるけれど壁伝いに一人で歩けるし、家には手すりもついているから安全だ。
それでも葉月達が近くにいるとさり気なく横についていたりする。
ヒューイさんや弥生さんももちろんそうだけど、葉月達よりは普段遠くで見守って、階段などは手を貸している感じだ。
「レイン君は帰りだいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。キサも少し濡れてるだろうし、暖かくしとくんだぞ」
「本当にいつもありがとうね、レイン君」
微笑ましげに弥生さんが頭を撫でてくれた。笑った時の眼元が特にキサに似ている。
正確に言えばキサが弥生さんに似ているのだけど、そのせいなのか弥生さんに頭を撫でられるのはお母さんに撫でられるより恥ずかしい。
「如月、タオルの場所は分かる?」
「だいじょうぶ」
「お母さんは今から文月を迎えに行ってくるから、葉月と一緒に待っててね」
じゃあ、とキサに手を振って、葉月を迎えに行くという弥生さんと一緒に門を出る。
「文月、どこに出かけたんですか?」と尋ねたら「雨が呼んでる! って言って朝方に丘の方へ走って行ったの」とため息をついた。
確かに気が付けば雨は強くなっていて、家まで走るかと考えていたら弥生さんが持っていた傘を貸してくれた。
どうやら僕の分も用意してくれていたらしい。
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。むしろこんな事しかできなくてごめんね。いつも如月達と遊んでくれてるのに」
「い、いえ。好きでやってることですから」
照れ隠しとして傘を開きながらの僕の反応に対して「スピカちゃんより年上みたいね」と弥生さんが傘を開いた後に笑った。
二つ上の姉のはずなんだけど、僕の方が本を読んでいるからだろうか。
その点はやっぱり、色んな本を持っていた両親や異国の本も見せてくれる弥生さんに感謝だ。
そう言えば、お母さんは前に本をお父さんにプレゼントしたこともあると言っていたっけ。
もしかして弥生さんチョイスだったんだろうか。
「あの……今日、父の日じゃないですか。キサからお母さんが弥生さんにプレゼントの相談に来てたって聞いたんですが」
「そうよ、モニカちゃん、プレゼントは苦手だからって」
「毎年ですか?」
「そういうわけじゃないけど、相談されたことは何回かあるのよ。月の精霊使いだからか、恋の相談はよく受けるの」
ウフフと少女のように笑う。本当に、葉月のお姉さんだと言われても信じれるぐらいに若い人だ。
相談されることも嬉しいんだろう。きっとアネットさんからも相談されてるんだろうな。
「弥生さんは、何をプレゼントしたらいいって言ったんですか?」
「それは……秘密、と思ったけど、モニカちゃんがスレインさんにあの意味を教えると思えないから、言っちゃってもいいかな?」
物凄く楽しそうに口元に手を当てて笑っている。
前に葉月が「お母さんはお父さんに似てきてちょっとイタズラ好きになった」とか言っていたのを思い出した。
と言っても、そう言われたら気になってしまうのが人間と言うもので。
「あの意味って、教えてもらえるんですか?」
「知りたい?」
尋ね返された笑顔に、若干ヒューイさんの面影を感じた。
知りたいです、と頷いたら、歩みを止めて屈んでくれた。
もう丘と僕の家の分岐点まで来てしまったからだ。
後はこの坂を上ってしまえば僕の家。
スピカがすでに帰ってきているのなら、きっとお母さんとお父さんが家で待っている。
「今年勧めたのはね、ジャスミンティーとその花なの」
「お茶、ですか?」
「そう。お花のお茶でそれ自体も美味しいからきっと気に入ると思うわ。
それに、その花の色に秘密があってね。黄色のジャスミンの花には、花言葉があるの」
「花言葉って色々あるんですよね? 前に本で見たことがあります」
「ええ。同じ花でも色で違ったり、国で違ったりするわね。
私の故郷での黄色のジャスミンの花の花言葉は「愛らしさ」とか「優美」とか。それと――」
「ただいまー」
「おっかえりー、レイン。あれ、あんまり濡れてないね」
玄関を開けると、かなりずぶ濡れになったスピカがお父さんにワシワシとタオルで拭かれていた。
アニィはテーブルでお菓子を食べながら「おかえりー」と僕に手を振る。
「おかえり。レインは濡れてないな。弥生さんから傘でも借りたか?」
「よく分かったね」
「まぁ、雨が降ったらレインは如月ちゃんを送るだろうしな」
えらいぞ、とお父さんが僕の頭を撫でる。弥生さんに撫でられた時とは違う恥ずかしさだ。
僕は傘を閉じて、忘れないように手前の方に傘を置いておく。
するとエプロン姿のお母さんがタオルを持ってやってきた。
「おかえりなさい。レイン、濡れてない?」
「大丈夫だよ。弥生さんが傘を貸してくれたから」
それでも傘をさす前に濡れていた髪などをお母さんが拭いてくれる。
自分で出来るよ、とタオルを受け取ったら、お父さんが「いいなぁ」と呟いているのが聞えた。
「なにがよ」とお母さんの冷たいツッコミが入る。本当だよ。
「スピカもレインも、暖かいお茶入れるから体拭いて着替えたらアニィと一緒に座ってね」
「モニカ―、俺はー?」
「あなたもよ」
「すごくついで感!」
「ちゃんと父の日のプレゼントとしてのお茶だからショック受けないで」
「やった!」
お母さんの一挙一動で子供の様にお父さんが喜ぶ姿を、仲が良いというか、尻に敷かれているだけなんじゃないかと思い始めた。
ただ、それで嫌な気はしないし、こういう両親でよかったなと思うぐらいには僕は両親が大好きなわけで。
あまり表現はしないしできないけど。
僕はタオルで髪を拭き、スピカはどたばたと部屋に戻って着替えてくるとお母さん以外のみんなでリビングのテーブルに集まり座る。
キッチンから仄かに甘い香りが漂ってきた。
さっきお母さんが父の日のプレゼントのお茶って言ってたから、きっとその香りだろう。
どんな味なんだろうと思っていたら、お母さんが全員分のお茶をトレーで持ってきてくれた。
トレーには、ジャスミンティーに使われている花であろう、黄色い花が一本、一緒に置かれている。
「あ、手伝うよ」
「父の日なんだから座ってていいの」
お父さんが立ち上がろうとしたらお母さんが制止させた。
しょんぼりしながら席に戻るお父さんにコップに注いだジャスミンティーと、その黄色い花を渡した。
お父さんが「花?」とその花を不思議そうに見つめる中、お母さんは僕達にもコップを渡してくれる。
そうしてお母さんが定位置に座り、いただきますとまずスピカがお茶に口をつけた。
「なんかさっぱりするけど甘い香りがする! 美味しい!」
「弥生から教えてもらったの。リラックス効果があって、朝の目覚めがよくなるそうだから」
「え、その理由で俺にこれ選んだの?」
「……そうよ」
「え?」
お父さんの質問に、少々間を置いたけど同意したお母さんに思わず声が出た。
だって、僕はそのプレゼントを勧めた弥生さんから直接教えてもらったんだから。
お母さんが、なんでこのお茶と花を選んだかを。
私の故郷での黄色のジャスミンの花の花言葉は「愛らしさ」とか「優美」とか。
それと――「あなたは私のもの」
この事実を言おうか言うまいか。
だって、お茶だけでもよかったのに、お母さんはさっきさり気なくお父さんだけにあの花を渡した。
弥生さんだって「スレインさんに伝えてあげて」と言っていた。
でも、僕がその意図に気づいた、または何か疑問に思ったと感じ取ったのか、
「しーっ」と唇に人差し指を寄せた。
お父さんが「え、なに、なに?」と不思議そうに僕とお母さんとを見る。
「スレインは気にしなくていいの」とお母さんがお茶を飲んだ。
ああ……でも、教えてあげよう。
お父さんがお母さんのことを好きなのは毎日見て分かる。
普段はあまり表に出さないけど、お母さんもお父さんのことが大好きなのは、今さっきので十分に分かった。
それに、今日は父親に感謝する日なんだから。
「お父さん、その花の花言葉はね――」
僕がみんなに教えてあげる
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