『弥生はん、今時間ええか?』
そんな短文メールが届いたのは3月31日の23時58分。
特にすることもなく眠りにつこうと布団で横になっていた私は
マナーモードにしていたために激しく震えた携帯電話に手を伸ばし
意味不明なメッセージの日付と差出人を見た。
私からしてみれば遅い時間でも、差出人のヒューイさんやクラスメイトの大半の人にとっては
日付変更前はまだまだ早い時間にあたるらしい。
早寝早起きが基本の私にとって、グレイさんの「12時前に寝るって、今時小学生でもねぇぞ!?」という言葉は信じ難いことだった。
幸いにして、つい最近小学生だったモニカちゃん達グループは早寝早起きだったらしく
「一括りにしないでくれる?」とグレイさんの脛を蹴ったりしていたけれど。
そんな事を思い出しながら、今だスムーズに操作出来ない携帯を両手で持って「何か御用ですか?」と送信。
待ってくれていたのか、ものの数秒で『電話してもええか?』と帰ってきた。
なにか大事な用なのかもしれないと、そのメッセージに返事はせずに私からヒューイさんへ電話をすると
非常に驚いた声のヒューイさんが『ビ、ビックリしたなやいか』と訴えくる。
どうにも言動が矛盾していると思いながら、よく考えなくてもそれはいつもの事なので置いておいた。
「何か用事と思ったので電話したのですが、おかしかったですか?」
『えっとな、付き合ってるんやしこういうイベント毎は誰よりもまずしたかったと言うか……
まぁ、メールでもよかったんやけど、電話してくれたさかい』
事実なのだが、ヒューイさんから「付き合っている」と言う言葉を聞くのは少し気恥ずかしい。
彼も彼で恥ずかしいのか、その部分だけ声が絞られていて恥ずかしさが伝染したみたいだった。
悟られたくないので、携帯を離して一息ついた後に問い掛ける。
「今日ってイベントってありましたっけ?」
『え?分からんか?』
「3月最終日なので、やっと弓道部の後輩達に『今月は弥生先輩の月』とからかわれずに済む……ぐらいしか」
『なんやその子供っぽいからかい』
後輩も、その手のことで悪名だかいヒューイさんには言われたくないのではないかと頭を過ったが、口にはしない。
『そーやなくて、もう日付変わっとるから4月1日やないか。せやから弥生はんにエイプリルフールで嘘ついたろ思って。
どや、卑怯なワシ、惚れ直してもええて?』
「……ヒューイさんも十分子供っぽいですよね」
『なんやて?』
思わず口に出てしまった。
まさかこんな事で日付変更直前に電話をしてもいいかと言っていたとは思わなかった私は
この人はエイプリルフールとして私に嘘をつこうとしているのだから、これくらいはいいだろうと
ちょっと仕返しをすることにした。
「4月1日は厳密にはエイプリルフールデイと呼ばれて、エイプリルフールや四月馬鹿というのはそれに引っかかった人の事を言うんですよ?」
『……え?』
「それと、エイプリルフールデイで嘘をついていいのは午前中だけです。
国によって違いますし、今も午前中には変わりないですけどね。
日付変更直後なので。ただ、この瞬間に嘘をつく人はあまりいないとは思いますけど」
携帯の向こうで、ヒューイさんが『ぐぬぬ』と唸った。
……ちょっといじめすぎたかもしれない。
寝る前にとはいえ、彼とメッセージや電話をする事は嫌ではないし、むしろ楽しんでいる。
私はこの時間帯には、例えば用事があろうと自発的にメッセージを送ったりは出来ないから
こうやって彼がメッセージをくれたと言うのは一種の甘えの様なものなのだと思う。
「それで、ヒューイさんはどのような嘘をついてくれるのですか?」
だから、私が出鼻を挫いたりして意地悪なのも、甘えの一種だと思いたい。
こんな意地悪をしても、文句を言われたり嫌われたりしないと分かっているからこそ出来る行為だと分かっている。
『……日付変わったばっかやし、嘘つくのは無しって事にして、モーニングコールならぬグッドナイトコールにしとくで』
「あら、それは残念です。私はもっとヒューイさんの声が聞きたかったですけど。
普段布団の中でヒューイさんの声を聞くことなんてないですから嬉しいんですよ?」
ややあって、携帯の向こうから『ハプンッ!!』と何かの破裂音が聞こえ、その後ヒューイさんが咳き込んでいた。
普段からかう側で飄々としているけど、彼は私の不意打ちに弱いのか毎回面白いリアクションをする。
『や、弥生さん、今のはエイプリルフールってわけやないよな……?嘘ついていいのは午前中だけなんやもんな?』
「今の時間も午前中で間違いはないですよ?」
ふふふ、と笑うと、彼は不利な状況を立て直せないと判断したのか
『弥生はんの小悪魔ー!女豹ー!』と、彼の家族に聞こえるのではないかと思うぐらいの声で叫んだ後、
『でも、ワイは弥生はんのそーゆーとこも愛しとるで』と、まるで当然のように伝えて電話を切った。
そして私は、実はさっきからバクバクいっていた心臓を抑え枕に顔を突っ伏した。
今まで通話中で光っていた携帯の画面が暗くなる。
それでも、赤くなった私の顔はまだ戻っていないのだろう。
多分、彼は嘘を付くつもりなんてなかったんだと思う。
4月1日を理由にしてメッセージをくれただけで、最初からストレートな言葉をくれるつもりだったに違いない。
だって彼は、嘘であろうと私を傷つける言葉を言った事がないから。
私の言葉に照れたのは本当でも、ああやって冗談ぽく勝ちを譲ってくれたのは
私が実は恥ずかしがっていた事を見越していたから……なんてのは、考えすぎなのだろうか。
「ーー卑怯な人」
でも、本当に卑怯なのは、エイプリルフールデイを利用しないと本当の事を言えない、私自身だ。
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